災害復興支援

東日本大震災発生時に0歳だった赤ちゃんが、無事にハタチを迎えるその日まで。

団体の活動について

団体へのインタビュー

どんな活動をしているの?

東日本大震災発生時に0歳だった赤ちゃんが、無事にハタチを迎えるその日まで。 「ハタチ基金」とは、東日本大震災の被災地の子どもたちに寄り添い、 2011年から20年間継続的に支援を行う基金です。

子どもたちに学び・自立の機会を提供するために、 復興状況や現地のニーズに合わせて支援活動をしている団体の活動費用に活用させていただいています。

活動を始めたきっかけは?

初めて東北の土を踏んだ2011年4月。宮城県石巻市で出会ったつくっていました。 「自分もつらいけど、小さな子たちはもっとつらいから。」と話す彼女の笑顔からは、 泣くに泣けない深い淋しさを感じました。 彼女の笑顔の前に私は強く無力さを感じ、「自分にできることをしよう」という考え方を 変えなければいけないと思ったのです。本当に彼女たちを支えるためには、 長い時間をかけて寄り添う覚悟と、専門家同士の協力、そして、 心を寄せてくださる方々から長きに応援していただく方法をつくらないといけない。 そんな想いからハタチ基金は生まれました。

コロナ自粛でどんな大変さがあった?

ハタチ基金の支援先の一つであるNPO法人トイボックスの活動地、 福島県相馬市では、図書館の利用禁止など、地域の子どもの居場所や遊び場が 制限される等の対策が次々と講じられる中、子どもたちはより活発な遊びを 求める傾向が強まっていました。トイボックスでは、休校措置期間中、 児童クラブの運営時間を倍増して対応し、感染予防に配慮しながら、 保育と学童保育を通して、南相馬市の子どもと保護者への支援を続けています。 また宮城県女川町・大槌町で活動をする認定NPO法人カタリバの コラボ・スクールでは、休校措置の翌日からオンラインでの学習機会と居場所を提供し、 子どもたちが孤立しないよう守ってきました。

これからの新しいチャレンジは?

震災10年目を迎え、福島の一部地域では以前厳しい状況が続きますが、 多くの沿岸地域ではハード面の復興が出来つつあります。マイナスから0に戻す10年でしたが、 この10年で創造的復興教育のカタチ、新しい民間と行政連携をして子どもたちを支える 仕組みづくりが培われてきました。ハタチ基金の支援も10年で折り返し地点を迎えますが、 これからはこうした子どもたちを支える仕組みやカタチがこの地域に根付き、 2031年を迎えられるようチャレンジをしていきます。

読者が踏み出せる、小さな一歩は?

世界中の人たちが、自分が可能な範囲で、継続的に子どもたちをサポートする 輪を広めるために。ハタチ基金では毎月の継続寄付会員さまを「呼びかけ人」と呼んでいます。 東日本大震災の直後には多かったマスメディアでの報道も、時が経つとともに見かけることも 少なくなりました。人々の震災への記憶も、残念ながらだんだんと風化していきます。そんななか、 一人ひとりが身近な方へ、震災を忘れないように呼びかけることも、子どもたちへの支援につながります。 一人ひとりの想いのこもったご寄付を、被災地の子どもたちのために大切に活用させていただきます。

ご支援いただいた寄付金の活用方法

ハタチ基金は現地のニーズをフィードバックしながら、 2011年からの20年間、被災地の子どもたちに必要な支援活動をサポートしています。 2019年度の支援内容は以下の通りです。

おうち保育園(NPO法人フローレンス)
被災7家庭の無償受け入れと、保育ソーシャルワーク(5ケース)、インクルーシブ保育(19人)を実施。
みなみそうまラーニングセンター(NPO法人トイボックス)
待機児童解消と、一人ひとりを大切にしたかかわりを目指す児童クラプを運営。延べ2,060人を支援
スタディクーポン提供事業(公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン)
403名の子どもたちにクーポンを提供。 不登校生徒への支援を拡大。 大学生ボランティアは子どもと1,693回の面談を実施。
コラボ・スクール(NPO法人カタリバ)
岩手、宮城、福島の3県で、小学生から高校生延べ28,686人に、学びと居場所提供などを行いました。
居場所機能を備えた学習支援と次世代育成事業(NPO法人キッズドア)
仙台市で336回・南三陸町で42回、無料学習会を開催しました。
グローバルアントレプレナー(NPO法人放課後NPOアフタースクール)
大槌の高校生22名へ、地域を興すアントレプレナー育成プログラムを行いました。

今回、こうして「ガスてん」を通して、関西の皆さまとつながれたこと、 物理的には遠いですが、東北に想いをはせてくださったことをうれしく思っております。